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note.195 SIDE:G

 ――アミリアとユークスを結ぶ、ティッサ森沿いの街道の中間に位置する宿場町。
 その厩舎の一角では、いつものように数頭の馬たちが眠りについていた。
 その内の一頭の片耳が何かに反応してピクリと向きを変える。それから一拍置いて、馬は煩わし気にゆっくりと目を開いた。そうして、耳が反応した方向をじっと見つめる。

「――」

 果たして、聞こえた気がしたものは声だったか物音だったか。その場の他の馬たちもめいめいに反応し始め、いよいよ以て立ち上がろうとする。それと間を置かずして鋭敏な馬の耳に今度こそ捉えられたのは、「キチキチ」という、節足特有の足音。それがはっきりする頃には、馬たちはもう何が起こっているのかを本能的に感じ取っていた。
 馬たちは一斉に逃げ出そうと動き回る。だが、木綱で繋がれているせいで、厩舎の区切りの中をうろうろとすることしかできなかった。
 そうこうしている内に、ついに音の正体が厩舎へと侵入してくる。現れたのは、人間の子供程の大きさを持った巨大な黒蜘蛛。それが一匹――否、二匹、三匹と現れるのを見て、馬たちも暴れ出して、厩舎内は一気にパニック状態になる。
 その頃には、厩舎の外からも人間の悲鳴や怒号が響くまでになっていた。

「っ! 早馬だ! 早馬を出せ! 早くこれを王都とアミリアに伝えギャッ――!?」

 近くまで来ていたらしい人間の声もそれきり途絶えてしまうが、今や馬たちにそんなことを気に掛ける余裕も残されてはいなかった。次々と襲い来る蜘蛛を、獲り付かれたところをタックルするように壁に打ち付けて体液も気にせず押し潰し、後ろ足で蹴り飛ばし、前足で踏み潰しと必死に抵抗する。しかし、もはやあまりにも多勢に無勢だった。
 対処が間に合わないまま、複数匹に体表へと獲り付かれる。直後、視界に入れることができない首元で、「ブツン」と切れてはいけない何かが切られる感覚。次いで、全身に力が入らなくなって、ガクンと膝が崩れ落ちる、その瞬間――目の前で顔面に向けて襲い掛かり、視界を塞いだ蜘蛛の姿が、馬が見ることができた最期の光景だった。――

――「おはよう」
「おは〜♪」
「おはよう」
「おはよっ」
「ん。おはよう」

 今日もいつも通りアミリアのストリームスフィアで集合だ。

「今日はー……何しよう?」
「ん〜、私は今日は一旦別行動かなー。ほら、昨日あぁ言った手前、一度ソフォラんとこちゃんと顔出してこようかなーって」
「あぁー、言ってたね」
「うん」

 昨日の最後にソフォラさんからお礼がしたいってお誘いされてたもんね。

「ふむ、それなら今日は各自自由行動ということにして、僕らも別行動にさせてもらおうか。昨日の話を聞いて、ジュエルカスタマイズで色々と試してみたくなったからな。掲示板に情報を共有して、スレで検証を進めてみるとしよう」
「あ〜、あたしもそれやろっかなー」

 なるほど、そういうことなら……

「それなら、僕は一度ミィナさんのお店に寄ってみようかな。Lv150になったら複合杖を作ってくれるって言ってたから……」

 昨日でLvも上がって152になってるからね。目標のLv150は達成できているから、ミィナさんのお店には一度行っておきたいところだ。

「決まりだな。今日は各自自由行動にするとしよう」
「おけー、そんじゃ、なんかあったらPTチャットでね〜」
「オッケー」
「うん、わかった」

 そんなわけで、今日は自由時間の日になりそうだね。一旦みんな解散して、各々の目的に向かっていく。
 それじゃあ、僕もミィナさんのお店に行ってみようかな。

 ということで、王都のストリームスフィアに飛んで、ミィナさんのお店へ。

「いらっしゃ〜い。あっ、マイスくんね。ステラちゃんもいらっしゃい」
「おはようございます、ミィナさん」
「ん」

 ちょうど暇だったのか、カウンターに頬杖を突いていたミィナさんがひらひらと手を振って出迎えてくれる。

「なんか暇そうでしたね」
「あははっ、ちょうどね〜。一通り開店の準備終わってお店開けてーで落ち着いたとこだったから。だから、マイスくんが今日のお客さん第一号ね」
「なるほど、そうでしたか」

 割とちょうどいいタイミングでこれたみたいだね。

「さてさて〜? あれから、うちのお店に来てくれたってことは〜? 約束通り武器の買い替えに来てくれたってことでよろしいかね?」
「はい、あの時の目標通り、Lvも152になったので」

 もったいぶった調子で聞いてくるミィナさんに答える。

「おぉ〜、さっすがね〜。ま、Lv150ぐらいならまだまだ、Lvアップも早い時期かぁ」
「えぇ、まぁ」
「それじゃ、約束通り、複合杖(コンポジットロッド)を作ってあげるとしましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「じゃ、こっちおいで〜」

 ミィナさんに手招きされて、店の奥の工房スペースへと案内される。

「さってっと、それじゃ、複合杖の作製ね。Lvは152って言ったっけ」
「はい」
「なら、ひとまずは一番要求Lvの低いLv150ラインで作ってくね。あー……先に聞いておくけど、予算ってどんぐらいある?」
「えっと……」

 みんなとパーティーを組むようになってからそれなりに稼いでいるし、昨日のソフォラさんからの報酬っていう臨時収入もあったとは言え……う〜ん……さすがに多少は手元に残しておかないと、消耗品の買い足しとかにも響いてきちゃうところだし……。

「今の所持金だと……2M……頑張って3Mってところですかね……」
「あちゃ〜、ちょ〜っちキビシイかー!」
「た、足りませんか……?」

 3Mで足りないとなると、結構所持金がキツくなってきちゃうんだけど……。

「残念だけど、ちょこ〜っと足が出ちゃうかなー。材料費もそうだけど、加工費とかもあるからさー。部品分けと工数にもよるけど、複合杖って店頭に並べてる汎用の量産品でもあれぐらいの値段にはなっちゃうのよね」

 ミィナさんがそう言って指差した、商品になっている完成品の複合杖には5Mの値段がつけられていた。
 うひゃあ……店頭用の出来合いでこの値段じゃ、オーダーメイドはもっとかかるってことだよね……。

「まぁでも、一本作ってあげるって約束だし、おまけしてあげたいところだけど……あっそうだ、何か素材にできそうな物は持ってない? 結構材料費の部分も大きいから、そこんところ自前で用意できるならそれなりに価格も抑えられるんだけど……」
「あー、それなら……これはどうでしょう?」

 リーフィーにもらったあの巨樹の枝を取り出す。この枝は自由に使っていいって言ってたもんね。ただただ死蔵し続けるよりかは、こういう時こそ使いどころというやつだろう。
 ……なんて、軽い気持ちで取り出したんだけど、枝を見たミィナさんの驚きようは予想外のものだった。

「えぇーっ!? ちょちょちょっ、ちょっと待って!? えっ、すっごいんだけど、うっわ〜! 何この枝!? こんなすごいのどこで手に入れたの!?」
「えーっと、まぁ、話すと長いんですけど、色々ありまして……」
「すごいよこれ! この枝そのままを全部使っちゃうと、装備要求Lvが1000とか余裕で超えちゃうよ!」
「えぇぇ、そ、そこまでですか」
「そこまでだよ! とんでもないよこれ! 素材一個で要求Lv1000を超えるのなんて、天地くんでも持ってきたことないよ!」

 要求Lv1000!? 宿した生命力というか、凄まじい力が籠められていることはわかってたけど、それほどまでとは……。いくらリーフィーの枝と言えど、さすがにカスフィ森の素材だから相応のLv……130前後……この生命力を加味しても150から200ぐらいの、要は今の僕で大体ちょうどいいぐらいかなぁとばっかり思っていたから、僕もびっくりだ。

 あまりのことにびっくりしていると、ドヤ顔で当のリーフィーが姿を現す。

「ふふん、私の枝ですもの、当然なのだわ」
「わ、リーフィー。おはよう」
「えぇ、おはよう、マイス」
「えっ、何!? 誰!? 今どっから……えっ、浮いてる!? 妖精? えっ!?」

 あぁ、うん、まぁ、説明しないとミィナさんは大混乱だよね。

「えっと、紹介しますね。僕と契約した守護精霊で、その枝の元になった樹を依代にしてる大妖精(グレーター・フェアリー)のリーフィーです」
「初めましてね、マイスの新しいお友達。私はリーフィー。紹介の通り、今はマイスの守護精霊だけど、こう見えて元は妖精よ。ただちょっと依代が特別な場所に生えてたおかげで、見ての通り普通の妖精の枠からは少し外れているから、大妖精って名乗っているわ」
「はぇ〜……は、はじめまして。私はミィナ。えっと……この場合、どう自己紹介すればいんだろ……あっ、そうだ、これからあなたの枝を加工させてもらう予定の木工職人よ。よろしくね」
「えぇ、よろしくお願いするのだわ。この私の枝を使おうというんですもの、最高の物を仕上げてもらうわよ」
「ふふっ、任せておいて! これほどの逸材を扱えるだなんて、今の私にできる完璧を出し切らなきゃ職人失格ってものよ!」

 腰に手を当てて前のめりに言うリーフィーに、袖を捲った腕で力こぶを作る風にその腕を叩いてみせるミィナさん。
 これは……思った以上にすごいものが出来上がる予感……?


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