戻る


note.199 SIDE:G

 ミスティスと二人で、スタンピードイベント参加のために王都の街中をストリームスフィアへと急ぐ。
 街の様子はと言えば、鐘が鳴り出した当初はミィナさんのお店の中にいてもわかるぐらいの喧騒に包まれていたけど、鐘の鳴らし方がそれほどの緊急性じゃないこと、街の東の鐘しか鳴っていないこととかで住民も大体状況がわかってきたらしくて、不安そうな話し声はちらほら聞こえつつも、一旦普段通りの落ち着きを取り戻した、という感じだね。
 そんな中でも冒険者の多いこの東地区なだけに、僕たちみたいな招集対象Lvの冒険者が同じくストリームスフィアへと急ぐ姿があったりして、まだ多少の騒がしさがある中、僕たちもアミリアへと転移する。

 ギルドに入ると、既に中は招集された冒険者たちでごった返していた。すし詰め、とまでは言わないけど、辛うじて干渉せずにそれぞれのパーティーごとで固まっていられるスペースぐらいはギリギリあるみたいな状況だったんだけど、僕たちの後にもう一組二組ぐらい入ってきたところで、

「はいは〜い、講義室もロビーももういっぱいだから、ここまでで締め切りよぉ〜。今から来る人はお姉さんが外で集めるわね〜」

 更に後ろから入ってこようとしたパーティーをアシアノさんが止めて、外へと誘導していた。
 本当にすごい人数が集まってるねぇ。講義室も、って言ってたから、二階の講義室も似たような状況ぐらいまで混雑状態ってことかぁ。

「うひゃ〜、さすがの人数って感じだね〜」

 ミスティスが、遠くを眺めるみたいに額に手のひらをかざして部屋を見渡す。
 なんてやっていると、不意に僕たちを呼ぶ声がかかる。

「あっ、ミスティスにマイスじゃん!」

 と、声がした方へ振り向くと、駆け寄ってきたのはモレナさんたち三人娘のパーティーだった。

「モレナ! エイフェルに(うたい)も、おひさ〜!」
「お久しぶり」
「こちらこそ、お久しぶりです、ミスティスさん、マイスさん」
「おひさし〜」
「お久しぶりですっ」

 一応、リアルの時間で言えばあの時エニルム遺跡で出会ったのはまだ昨日の話なんだけど、ゲーム内の時間感覚だともう結構久しぶりに感じるね。

「今日は二人だけなんだね」
「オグとツキナはとっくに招集対象外のLvだからね〜。今回はうちら二人だけっ」
「そっか、そういやあの二人はLv三百いくつとかって言ってたっけ」
「そーそー」

 いつも通りの調子でミスティスは勝手に納得したように頷く。

「あのっ、それでしたら、私たちもパーティーに加えてもらえませんか? 人数は多い方がいいと思いますし……その、私たちこういうイベント参加は初めてなので、ちょっと不安で……」
「おっけ〜、全然いいよー! 大歓迎! っていうかせっかくだもん、むしろこっちから誘う気満々だったよ」
「僕も大丈夫だよ、よろしくね、みんな」
「わ……ありがとうございますっ!」
「ありがとー、よろしくぅ!」
「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 ここで特に断る理由はないよね。というか、人数で言うならむしろ不安だったのは二人だけだった僕たちの方ですらある。エイフェルさんたちが加わってくれるなら大歓迎だね。
 早速ミスティスがウィンドウを操作して、三人がパーティーに加わる。

「よろしくお願いします。あれから、私たち上位職になれまして、私はハンターになりました。あ、三人ともLvは150ちょうどです」
「アタシはブレーダーだよー。今んとこオーソドックスに剣と盾で突っ込む役。スタイル的にガーディアンとも迷ったけどね〜」
「わたしは先にプリーストを取りました。攻撃もしますけど、やっぱりメインは二人を支援する方ですから」

 謡さんがプリーストを優先してくれてたのはありがたいね。今日はちょうど僕たちのパーティーはツキナさんが欠けて支援役がいない状態だったからね。

「うちらもLv152で上位職は取れてるよー。私はブレーダーだけど、最近は両剣使ってるから戦闘スタイルはウォーリアー気味かな」
「僕は今サマナーだね。それで、こっちが僕と契約した魔導書のステラ」
「ん。ステラ」『よろしく』

 僕の自己紹介に合わせて、横に浮いていたステラが元の魔導書の姿に変わってみせる。

「わっ、えっ!? あれっ!? そう言われてみればずっと横にいたのに、全然気付かなかった!」
「ふぇ……? お、女の子が、本に変わった!?」
「な、なんだかすごいですけど、とりあえずよろしくお願いします」

 まぁ、いきなり言われても、やっぱり驚くよね。けど、紹介しておきたいのはもう一人。もちろん、

「それと、こっちが大妖精(グレーター・フェアリー)のリーフィー」

 リーフィーのこともだね。
 僕の紹介に合わせるようにして、リーフィーが空中に現れる。

「また新しいマイスのお友達ね、ふふっ。はじめまして。私はリーフィーよ。一応こう見えて妖精だけど、見ての通り普通の妖精とは少し違うから大妖精と名乗っているわ。今はマイスと契約しているから、彼の守護精霊ということになるわね」
「わゎ……えと、あ、エイフェルです、ステラさんもリーフィーさんもよろしくお願いします!」
「はぇ〜……なんだかもう次から次へと頭パンクしそーだけど、まとりあえずアタシはモレナ。よろしくねー」
「ふへぇ……魔導書さんに妖精さんですか……。わたしは謡といいます。よろしくお願いします」

 一通りの自己紹介が済んだところで、ちょうどいいタイミングでジャスミンさんがカウンター前の中央に出てパンパンと手を叩いた。

「は〜い、全員注も〜く」

 その一言で一斉に部屋が静まり返り、緊張感が走る。

「さて、まずは私から、今回の招集の理由と現状を説明しましょう。現在、ティッサ森を発生源としたスタンピードがこのアミリアに向かってきています」

 そう言うと、ジャスミンさんが右手側に浮かせたマザーオーブからホログラフが投影されて、アミリアとティッサ森を中心とした地図が映し出されると、ティッサ森が赤く光るように強調表示されて、魔物を表しているらしいデフォルメされたアイコンがそこに配置される。
 僕たちプレイヤーはシステム通知で既に知っていることだけど、NPCであるシスフェアンはこのアミリアでも鳴っただろう警報の鐘とオーブからの簡易ホログラフの情報しか知らなかった状態だから、それを聞いてざわめきが起こる。
 ただ、次に出たのは僕たちも驚くような話だった。

「更に厄介なのは、このスタンピードは直接アミリアを目指しているわけではないのです。スタンピードが向かった先は――アミリア北の森。暴走した魔物が彼の地のウルフとゴブリンを標的としたことで、双方がアミリアへ向けた逃亡を開始、結果としてスタンピードの群れもそれらを追ってこのアミリアに迫っている、というのが現在我々が把握している状況となります」

 ジャスミンさんの台詞に合わせて地図上の魔物アイコンがアミ北の森へと向かい、同時に視点は北の森へとズームイン、アイコンが森の領域に触れたところで、森に新たな青色の魔物アイコンが表示されると、今度は北の森とアミリアを中心とした視点にズームアウトしながら、青いアイコンがアミリアへと向かって、それを示すように森からも青い矢印が伸びると、それを追うように赤いアイコンも森を南に抜けるようなルートを取って、赤い矢印は西から森へと入り、森の中で南に方向転換する様子を示す。

 これにはさすがに僕たちプレイヤー勢もざわついた。

「北の森のウルフとゴブリンも巻き込んで、群れが更に増えてるってこと……だよね……?」
「うひゃ〜……これはキッツくなりそー……実質2ヶ所分のスタンピードじゃん」

 なんて、モレナさんとミスティスもひそひそ声で言い合う。
 これ、大丈夫なのかな……?

「ですので、今回の迎撃は西ではなく北側を作戦領域として展開することになります。現在、我々ギルドの先行偵察隊がこれらの情報を持ち帰ると共に、街の北に地属性魔法による迎撃のための簡易拠点を敷設しました。皆さんにはこれを拠点に戦ってもらいます」

 地図上に青い矢印を阻むような配置で白で砦マークが追加されて、そこから青アイコンに向けて大きく白矢印が伸びる。

「とまぁ、現状の説明と方針はこんなところなのですが……」

 と、そこで一旦ジャスミンさんが台詞を区切る。

「ここで、このLv帯の皆さんだと対スタンピード迎撃の招集は初めての方も多いと思うので、おそらくこう疑問に思った方はいることでしょう。ティッサ森程度のスタンピードならもっとLvの高い人たちを呼んで、手っ取り早く片付けてもらった方が効率的ではないのか、と。何故わざわざこれほどの数を集めてまで招集する人員のLvを討伐の適性Lvのみに絞る必要があるのか?」

 あー、うん、それはそうだよね。まぁ、ゲーム的に考えれば、Lv制限をかけないとLvの高すぎる人たちで速攻片付いちゃってイベントとして成立しないって話ではあるんだろうけど……一応多分、世界観的な理由付けはちゃんとあるんだよね?

「ごもっともです。が! つまるところ、この理由を一言でまとめるなら……『過ぎたるは猶及ばざるが如し』、ということです」

 そう言うと、何故かジャスミンさんが少し遠い目になる。

「確かに、この手の大規模殲滅であれば、Lvの高い人を呼んだ方が手っ取り早いでしょう。が……あまりにも過剰な戦力というのはそれはそれで後々問題を引き起こすことも多いんですよ……。例えば直近でも……えぇ、えぇ、お集まりの皆さんも……特に、内界人(シスフェアン)の皆さんにはまだ記憶に新しいことでしょう……。外界人(パスフィアン)の皆さんにも聞き及んでいる方はいるかもしれません……彼の地のスタンピードで起きた、たった一人の過剰すぎた戦力によって引き起こされた、聞くも恐ろしい、口に出すのも憚られるあの悲劇を……」

 顔を真っ青にしたジャスミンさんがだいぶオーバーなリアクションで寒気を抑えるように自分の身体を抱いてガタガタと震えだす。
 いや、ちょっと大袈裟すぎない?と思ったんだけど……あっれぇ? なんか意外とシスフェアンらしい人たちは軒並み似たような反応してる……? え、えっ? 一体何があったっていうの……?
 対するプレイヤー勢は、僕みたいに何のことだかよくわかってなくて困惑してる人が大体8割ぐらい、多分何か知ってる残りの2割は……え、何その微妙な反応……。本当に一体何があったの……?
 ミスティス……もなんかすんごい遠〜〜〜い目をしてるから間違いなく知ってるんだろうね……う、うん……。

 試しにちょっと聞いてみたけど、

「えっと……何があったの……?」
「いやぁ……ちょ〜っとここでは私の口からは言えないかなぁ……うん……。……まぁ、近いうちにマイスにもわかるよ、うん……」

 それだけ言って、ミスティスは視線を更に遠く彼方へと飛ばしてしまったので……。いやホントに何があったの? 何このいたたまれない空気……。たった一人って言うけど一体何が起こったの……?
 まぁ、近いうちにわかるらしいから……いや近いうちにわかるの意味も正直よくわからないところではあるけど、とりあえず今は誰も説明してくれる人がいなさそうだし一旦置いとくしかなさそうだ……。

「……コホン……えぇ、まぁ、そういうことです……。オーブの力で事実上ほぼ無制限に人の限界を突破できる我々冒険者という人種において、過剰戦力というものは容易に結果以上の過剰な損害を起こし得ます。故に、このように作戦の規模が膨れ上がることになろうとも、死傷者が増えることになろうとも、適性なLvに人員を絞ることが必要なのです」

 気を取り直したジャスミンさんは、話をそう締め括る。

「とは言え、それだけが理由というわけでもありません。もう一つの大きな理由として、我々ギルドとしては、適性Lvの皆さんにこういった大規模作戦の経験を今後の糧として欲しいのです。もはやこのシティナスフェアで『闇』に飲まれていないのはこのユクリという小さな国しかなくなってしまった今、滅びの神託を回避するためには何としてでもこのユクリの国内から神器を見つけ出すことが不可欠。そのために、冒険者全体の戦力の底上げは急務となります。ここに集まった皆さんにも神器の探索者の一端となり、ゆくゆくはこのユクリを旅立って全ての神器を見つけ出し、世界を救う、その一翼を担って頂きたいと我々ギルドは望んでいるのです」

 「神器」という話が出た途端、場の空気が引き締まり、それまでとはまた別種の緊張感が場を包む。
 今のこの世界にとっては冗談でもなんでもなく世界滅亡の瀬戸際だからね。なるほど、こういう機会を適切なLv帯のレベリングに充てることで、全体の戦力を底上げして少しでも神器の探索に貢献してもらいたい、というのは切実な願いなのだろう。

 そうして、皆が決意を新たにしたところで、

「それでは、これより作戦の具体的な概要を説明します」

 ホログラフが切り替わり、いよいよ具体的な作戦会議が始まった。


戻る