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note.200 SIDE:G

「それでは、これより作戦の具体的な概要を説明します」

 ジャスミンさんの操作でホログラフが切り替わり、いよいよ具体的な作戦会議が始まる。

「現在、アミリアの北側に我々ギルドの先行偵察隊により、地属性魔法による三重の防壁が敷設されています。皆さんにはこの防壁を防衛ラインとして迎撃を行ってもらいます」

 アミリアの北側マップが北を左向きに表示され、右手側になったアミリア側から順に三本の大きな円弧が表示される。

「簡易的なものとは言いましたが、防壁としての形式は整えてあります。遠距離職の方は有効に活用してください」

 円弧のいくつかの位置がピックアップされて小窓に実際の写真が映される。なるほど、防壁の上部を示した写真では、きちんと城壁のように遮蔽に使いながら弓の狙いをつけられる凸凹が作られていたり、壁の裏側を示した写真では防壁の上下を行き来する階段や梯子がかけられていたりと、本当に城壁のように設えられている。これなら、弓や魔法は危険な前線まで出ずともここから撃つことも選択肢に入るね。
 ただまぁ、簡易的と言った通り、壁そのものは本当にただの土を固めた一枚壁という感じで、実際に魔物の大群に取り付かれたらひとたまりもなさそうな感じだね。

「また、各防壁の中央及び両翼には機能を限定した簡易型のストリームスフィアを用意してあります。防壁間の移動と肉体を破棄した場合の復活に使えますので、こちらもご活用ください」

 壁一枚につき、中央と両端辺りの三ヵ所、それが壁の表裏それぞれの合計六ヵ所ずつに黄色い丸が追加され、その一つがピックアップされると、設置されたストリームスフィアの画像が表示される。
 どこにいてもその場ですぐ復活できるのは僕たちプレイヤーとしてはありがたい話だね。シスフェアンの人たちが死ぬ前に肉体の破棄ができるかという話になるとちょっとわからないところだけど……まぁ、ゲーム的に割り切ってしまえばNPCとは言え、出来ればあんまりそういう事態にはなって欲しくないところではあるよね……。

「最終防衛ラインの後ろには、少し距離を置いた位置に簡易的な休息拠点を設置してあります。ここではアミリアの冒険者向け用品店の皆さんにもご協力頂いていますので、消耗品の補給も可能です。加えて、こちらは救護所も兼ねていて、ギルド職員、及び要請により教会から派遣されたプリーストが待機していますので、戦闘不能時の後送も可能です。サポートはこちらにお任せください」

 三枚目の壁の更に後ろ、少し離れた場所に青で囲われたエリアが表示されると、その中の数ヵ所が拡大表示されて、休憩に使えるよう茣蓙の敷かれた天幕やら、出店形式の売店スペース、簡易ベッドが並んだ野戦病院といった様相の救護所などの様子が映し出される。
 休めるだけじゃなくて、補給もできるのはありがたいね。前線へ向かう方向のエリア端にはさっきのストリームスフィアを示す黄色の丸も表示されていて、そこもピックアップされてちゃんとストリームスフィアの写真が映っていたので、前線から少し距離はあるとはいえ、移動にも不自由はしなさそうだ。

「作戦領域の概要は以上です。次に、具体的な戦術プランについてですが、これから行う説明は我々ギルドによる対スタンピード迎撃の基本対応手順となりますので、是非覚えておいてください。
 前提条件として先にお伝えしておきますが、対スタンピードの迎撃戦はかなりの長丁場になります。場合によっては数日単位の戦いになることさえあります。何しろ、魔物は我々人類の都合なんて考えてはくれませんからね。我々が敗北するか、一匹残らず全ての魔物を殲滅しきるまで戦いは続くものとお考えください。
 とは言え、どんな高Lvになろうとも、不眠不休で戦闘し続けるなんてことは当然不可能です。そこで、ローテーションを組んで、戦線を維持しながら適時休憩を挟んで戦うことになります。そのためにまず、基本方針として全人員を三つの班に分けます。そして、この後パーティー登録を行っていただき、各班の中でそれぞれのパーティーにも識別番号を与えます」

 ホログラフで防壁の一枚が拡大されると、図上演習で使われるみたいな、各部隊を表す「凸」マークが三つ表示されて、それぞれが赤、青、白に塗り分けられる。そして、赤マークには「1-A1,1-B1,1-C1...」、青マークには「2-A1,2-B1,2-C1...」、白マークには「3-A1,3-B1,3-C1...」と凡例が示される。この番号の振り方的には、番号をZ1まで使い切ったらA2、B2…と続いていくんだろうね。

「尚、パーティーを組まずにソロで参加している方もいると思いますが、ご安心ください。この後のパーティー登録で臨時のパーティーを組んでもらっても構いませんし、ソロを希望する場合は班分けにだけ従ってもらえれば、識別番号の割り振りは行いませんので各自遊撃として自由に動いてもらって問題ありません」

 パーティー登録必須だとソロ参加はどうなるんだろう?とは思ってたけど、そこはちゃんと融通は利かせてあるみたいだね。まぁ、冒険者なんて、そもパーティー組んでる人たち同士でだって軍隊みたいな規律めいた動きなんか期待するだけ無駄だもんね。その辺は最低限以外の部分は各自の裁量にお任せってことだね。

「一つ目の班は最前線での戦闘です。まぁ、ここは特に言うことはないと思います。規定時間経過まで各々好きなように戦ってもらえればと思います」

 ジャスミンさんの説明に合わせて、赤マークが壁から少し離れた前方に置かれて、画面左側から現れた魔物アイコンとぶつかるように横列を組んで前に進む。

「二つ目の班は前線のバックアップとして待機する班です。こちらの班は前線のすぐ後ろ、壁を守る位置で待機していてもらいます。この班の皆さんの主な役割は前線から撃ち漏らしが出た時の補助戦闘要員、そして、前線の班で負傷者が出て戦闘不能となったパーティーが発生した時の交代要員となります。加えて、敵の数が想定を超えて前線班だけでは戦線が維持出来なくなった時の追加戦力も担います。これらの交代が必要な状況が発生した場合には適宜その場に近い適切なパーティーに前線に出てもらいますので、自身のパーティーの識別番号は忘れずに把握しておいてください。そして、規定時間経過後には前線班と交代して、戦線を維持しながら新たな前線班として主力となって戦ってもらうことになります」

 次は壁のすぐ前に青マークが配置されると、魔物アイコンから小さな魔物アイコンが分裂して赤マークをすり抜けてきたところで青マークの一つが前進してそれとぶつかって、魔物アイコンの方にバツ印が描かれてすぐに消える。
 続けて、赤マークの一つにバツ印が描かれると、青マークの一つが前進してその赤マークの隣に割り込み、赤マークが消えたところで残った青マークが赤マークの代わりになる。
 次に、左から追加の魔物アイコンがいくつか現れて、赤マークの間を抜けてくるような動きを取ろうとしたところで、同じ数の青マークが前進して、抜けてきた魔物アイコンを押し戻して赤マークのラインの穴を埋める。
 最後に、カウントダウンするタイマーが表示されてゼロになって点滅すると、全ての青マークが前に出て赤マークの間に割って入り、マークが一旦交互に並んだところで赤マークは後ろに下がるようにして消えていき、青マークが新たな前線ラインとなったところで、今まで青マークが待機していた位置には白マークが同じように配置される。

「三つ目の班は完全な休息のための班です。この班は規定時間経過後に前線から退いた班が割り当てられますので、先程示した拠点エリアに戻って心置きなく補給と十分な休息を取ることに専念してください。もう一度言いますが、スタンピード迎撃は数十時間単位の長期戦です。休むべき時にはしっかりと休んで体力を回復することも重要な仕事の一つとなります。この班に割り当てられている間は是非とも遠慮なくゆっくりと休んで、次の戦闘に備えるようにしてください。規定時間経過後には新たなバックアップ班として戦線後方での待機となります」

 説明に合わせて一度ズームアウトした視点が後方の休息エリアにズームすると、エリア内に赤マークが適当にバラバラに配置されて、休息エリアが数回青く強調表示される。

「この三つの班を1時間ごとでローテーションして戦線を維持していきます。今回はわかりやすく、招集された部屋ごとに同じ班としますので、現在講義室に集まっている方たちを1班、ここにいる皆さんを2班、外で集まっている方たちを3班とします。皆さんは2班となりますので、バックアップ班からのスタートになりますね」

 僕たちはバックアップ班からのスタートかぁ……。なんというか、ある程度はしょうがないことなんだろうけど、バックアップ班が一番気疲れしそうなんだよねぇ……。こう、必要になるまで直接戦闘はしないのに、何もない間でも、何なら最後まで出番はなくても、いざ出番が来たらいつでも戦闘できるように常に気は張ってなきゃいけないっていう……それでいて、出番になるまでは目の前で前線班が戦っているのにそれを後ろで見てるだけになるっていうね……。長く続けているとここが一番気が滅入りそうだ……。しかも、途中交代となってしまった時には次の1時間――本来の自分たちの出番とも合わせて最大で2時間近くを戦い続けなきゃいけないってことだしね。
 まぁ、どの道ローテーションでいずれ順番は回ってくるんだし、いざ始まったらそんなこと気にしてるような余裕もなくなるんだろうけど。

「それから、戦線が維持できずに魔物に押し込まれた場合の対応もお伝えします。各防衛ラインは、バックアップ班の待機位置が直接接敵可能となるまで押し込まれた時点を以て突破されたものと見做して放棄するものとします。そうなった場合、我々ギルド職員による陣頭指揮班から、撤退支援のための制圧法撃を行いますので、制圧用の上級魔法の詠唱完了までの間だけバックアップ班と共同で戦線を抑えてもらいます。そののち、上級魔法発動と同時にストリームスフィアを通じて一つ後ろの防衛ラインまで撤退、防壁が崩されるまでの間に速やかに人員を再配置して戦線を再構築します。この時、同時にローテーションを一つ進めることになりますので、新たな防衛ラインで前線を担うのはバックアップ班だった班となり、前線班は休息班へ、休息していた班が新たにバックアップ班として配置されます。この、防衛ライン切り替え時はローテーションを一つ進める、という点は忘れずに覚えておいてください」

 それまで前線となっている青マークと同じ数だけ表示されていた魔物アイコンが二列、三列と増えて、前線ラインが壁側へと押されていく様子が示されると、青マークが後方の白マークと並んでしまって二つのラインがジグザグに並ぶ形になったところで、その後ろの防壁に大きくバツ印が描かれる。
 バツ印が数回点滅して強調表示された後、魔物アイコンの列に重なって黄色でいくつかの魔法陣マークが描かれると、青マークと白マークが全て前進して、魔法陣マークの位置まで魔物アイコンを押し戻す。
 押し戻したところで魔法陣マークが点滅して強調表示されて、魔法陣マークと一緒に三列あった魔物アイコンの内前方二列分が消えると、前線ラインと残りの魔物アイコンの間にスペースが生まれたところで、前線ラインから後ろ向きに、防壁前の三ヶ所のストリームスフィアアイコンに向けて矢印が示されて、青白両方のマークがそちらに向けて移動してストリームスフィアアイコンに触れたマークから消えていく。
 視点がズームアウトして一つ後ろの防壁が見えるぐらいまで引くと、残った魔物アイコンが前進し始めて、それと同時に後ろの防壁から見て新たに前線となる位置に、ストリームスフィアアイコンから白マークが現れて配置されていく。
 その間にも魔物アイコンは前進を続けていて、一旦は防壁の前で止まるけど、白マークの配置が終わり、白マークの後ろにバックアップ班として赤マークが現れたところで一つ目の防壁の円弧が消滅して魔物アイコンが前進、新たな位置で再び最初と同じように白マークが前線として魔物アイコンとぶつかる様子が示される。

 壁に直接取り付かれるよりも前に予め放棄するってことは、やっぱりさっきの画像の見た目通り、あの防壁そのものは本当に地属性魔法で土を固めただけの単純なもので、壁としての機能は最低限しかないってことなんだろうね。
 まぁ、鐘が鳴ってからで考えてもまだ1時間も経ってないぐらいだもんねぇ。むしろこの短時間でスタンピードの群れ全部が作る横幅を受け止めきれる長大な壁を、あんなきちんと形状も整えた上で三枚も構築できるってだけでも恐ろしい速さですらある。

「これは一応、先に言っておきますが、過去の統計では防壁を一枚も破られることなく完璧に防衛を成功できた例は大体4割弱程度です。つまるところ、余程運が良くない限りは少なくとも一枚以上の防壁は破られるものとお考えください。ですので、多少防壁が破られる事態に陥ったとしても気に病む必要はありません。最終防衛ラインさえ死守できれば作戦は成功ですし、防壁の残存状況でギルドからの評価が変わることもありません。臆することなく戦闘に集中していただければと思います」

 まぁ、言ってしまえば所詮は急造の簡易防壁っていう話ではあるしね。それでも、こんな状況なだけに気が立ってる人も少なからずいそうだし、防壁が破られたことで責められる、なんて必要はないと先に言っておいてくれるのはありがたい配慮だね。

「以上が作戦の概要となります。何か質問のある方は? ……――なければ概要の説明を終わります」

 ジャスミンさんが一つ軽くお辞儀をして話を締め括ったことで、一旦部屋の空気が弛緩する。

「では、パーティー登録に移りますので、そのままパーティーごとで固まってお待ちください。私がマザーオーブと共に部屋を回ります」

 と、ジャスミンさんもその場を離れて動き出したところで、少しだけざわめきが戻ってくる。
 わー……なんか、あれだね、なんかを思い出すと思ったら、学校の学年集会とかそういうのが終わった後の教室帰るまでみたいな空気感だこれ……。
 ……うん、まぁいいや、ジャスミンさんが回ってきてくれるのを待とうか。


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