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note.203 SIDE:G

「見えてきたぞーっ!」

 壁の上に陣取った遠距離組の誰かが叫ぶ。
 後方の地上にいる僕たちにはまだ何も見えてないんだけど、防壁の上からはもう敵の群れが見えているみたいだね。
 いよいよ戦闘開始だ。

「な、なんだありゃ……!」
「海だ……海が来る!!」
「やべぇやべぇやべぇなんだあの数やべぇだろ!?」

 まだ見えてはないけど、防壁上のてんやわんや具合でとりあえず恐ろしい数が押し寄せてきているらしいことだけは伝わってくる。
 結構浮足立ってる感あるけど大丈夫かな?と思ったけど、再びゴゥギルド長の号令が響き渡る。

「臆するな! 遠距離職総員、斉射用意! 今できる一番でけぇ一発を用意しろ!」

 覇気に溢れた号令のおかげでみんな気を持ち直せたみたいで、各々矢を番えたり魔法の詠唱に取り掛かっていく。
 前方の前線組でも、中衛として地上にいることを選んだ遠距離職の人たちが同様にそれぞれの準備に入っているようだった。

 続いて、前線組にもそろそろ見える距離に入ってきたらしい。僕たちにもそれらが巻き起こす土煙ぐらいは見えてきた。

「うおおマジかアレを全部倒せってか!?」
「つぅか待て待て、アレを見ろ! なんだありゃ! ゴブリンが……ウルフに跨ってやがるぞ!?」
「ホントだなんじゃありゃ、こんなん聞いてねーぞ!?」
「クソッ、ウルフに乗ってるせいで奴ら足が速ぇっ! 構えろ構えろ、もう来るぞ!」

 どうやら、最初に来るのはアミ北のウルフとゴブリンたち、それも、みんな揃ってゴブリンライダーになっているらしい。これはなかなか……開幕からハードになりそうだね……!

 そんな喧騒の間にも、遠距離職組の用意は整ってきているようで、戦場のあちこちで大魔法の攻撃範囲を示す魔法陣が展開されていく。
 今の僕たちぐらいのLvだと、魔法職は取得を目標にスキルを適切にとっていればそろそろ一つか二つぐらいは大魔法が取れてるかなーぐらいだもんね。今可能な最大火力となれば、当然にそれらの大魔法ってことになるよね。

 このゲームにおいての「大魔法」は基本的に戦術兵器クラスの決戦スキルだ。決まりさえすればMVPボスクラスでもなければほぼ勝負は決着、ものによっては地形を変えてしまうようなレベルの超火力広範囲の範囲制圧が可能になる大規模魔法がほとんどなんだけど、その分リスクもものすごく高くて、詠唱は30秒から長いと1分近くにもなる長文になるし、それを一部でも短縮しようとするだけでもそれなりのDexを要求される。当然、魔力暴発もあるから途中でとちったり言い間違えも許されない。消費MPだってもちろん相応だし、更には詠唱だけでも場合によっては下手な前衛職を超えるぐらいのヘイトを稼いでしまうから、パーティーメンバーのヘイト管理も含めた連携がないと発動すらままならない、だけど効果もその分折り紙付きの、まさに決戦兵器に相応しいスキルになっている。

「いいか、まだだぞ……奴らをよぅっく引き付けろ! 魔法陣の範囲内にまとめて放り込んでやれ! 総員……ってぇぇーーーっ!!!」

 群れの先頭が一番手前の魔法陣を半分すぎたという辺りの最適なタイミングで、ゴゥギルド長の号令が下り、戦場全体で一斉にスキルが発動する。戦場全てで轟音が炸裂し、見渡す限りあらゆる場所で爆発、大津波、大竜巻、吹雪に隕石、雷を伴った大嵐、閃光、暗闇……とにもかくにもありとあらゆるエフェクトが巻き起こり、更には上空から、防壁組が放ったであろう矢と砲弾の雨も降り注ぐ。圧倒的な弾幕に、遥か後ろの僕たちのところまで余波の土埃混じりの突風が吹き付ける。

 ……それより何よりヤバいのは、発動された魔法をステラが片っ端から記録してて、僕のシステムログがすごいことになっていることだ。

「えっと、ステラ? これってどこまでの魔法を記録してるの……?」

 試しに小声で聞いてみれば、

『ん。大丈夫、この程度の戦域なら全部記録しきれるよ』

 と、事もなげに返ってくる。
 う、うん……改めて、とんでもない公式チートだよねこれ……。今ので、今この前線にいる全員が思い思いに発動した魔法全部が記録されたわけだから……実質既存の魔法スキルはほとんど全て記録できちゃったぐらいのノリなんじゃないだろうか……。少なくともそう思えるぐらいの勢いで一気にシステム通知が流れていく。

「うっひゃ〜! や〜っぱこの初手の一斉射撃は爽快だよねー! 気持ちい〜♪」

 そんな僕の半パニック状態は露知らず、すっかり一面爆散したフォトンの光と土煙に包まれた戦場をぐるりと見渡して、ミスティスが呑気にはしゃぐ。

「すんご〜。壮観だねぇ」
「で、でも、これで終わるわけは……ないですよね」

 なんて、モレナさんと謡さんで言い合ったところで、

「あっ」

 エイフェルさんが指差した先で、土煙を突き破ってゴブリンライダーたちが押し寄せる。
 ただ、全部ゴブリンライダーかと思いきや名前の表記はレッサー・ゴブリンライダーになってるみたいだね。実際、僕たちが前に戦ったMVPボスとしてのゴブリンライダーは明確にボス個体相応の大型の体躯だったけど、今無数にいるこいつらはただ普通のフォレストウルフに普通のゴブリンが跨ってるだけ、という感じだ。レッサーじゃないゴブリンライダーになれるのはやっぱり、ボス個体になれるような上位種だけってことらしい。

「戦闘班、総員突撃! 迎撃開始です!」

 それと同時に上空のジャスミンさんから戦場全体に声が届けられる。
 まぁ状況が状況だけに、前線組はもう言わずもがな各自戦い始めちゃってる感じではあるけど。

 ともあれ、僕たちバックアップ班は指示があるまではここで待機だ。正直、ゴゥギルド長の鼓舞で気持ちが高揚してるのもあって、手を出せないのがちょっとうずうずもしてるけど……肝心な時にしっかり働けるよう、今は我慢、我慢だね……!

「でぇやぁーっ!」
「ハッ、んだよビビらせやがって。即席でウルフに乗ってるだけで、所詮はアミ北のウルゴブじゃねぇか!」
「弱ぇ弱ぇ! こんなん俺らの敵じゃねぇぜ!」
「押せ押せー!」

 まぁ、ウルフに乗っかって実際Lv表記も80台と少し上がってるとは言え、結局はアミ北のMobには変わりないもんね。今回招集されている人員は最低Lv110以上のはずなんだから、Lv80相手じゃ当然に無双状態だよね。
 今のところはみんな危なげもなく、ほとんど鎧袖一触といった勢いで敵を押し返していて、早くも戦線は前へ前へと押し上げられていっているようにすら見える。

「えぇい、撃て撃てぇっ!」
「狙いなんか要らねぇよ! 撃てば当たる! いいから撃ち続けろ!」

 防壁の上からも、完全に押せ押せの空気が伝わってくるね。

「こーれアタシらの出番しばらくない感じ?」
「みたいだねぇ」
「で、ですね……」

 拍子抜けしたようなモレナさんの感想にエイフェルさんと一緒に同意する。

「だから言ったじゃん? 今から緊張しててもいいことないよーって。まーバックアップ班の出番なんてないに越したことはないけどねー」

 とはミスティスの言だ。まぁ、その通りではあるよね。
 ここにきて自分でもようやく気が付いたけど、ちょっと僕も肩に力が入りすぎてしまっていたようだ。うん、この拍子抜け感でむしろ、いい感じに緊張は解れた気がする。

 そんな感じでしばらくは順調に何事も起きることはなく、次第に緊張感よりも手持ち無沙汰が勝ってきてしまっていた。

「う〜ん……ここまでやることがないと、逆に1時間の待機って長いねぇ……」

 今となっては出番どうこうの緊張よりも正直暇すぎるって方がでかい……。

「わかります……。最初あんなに緊張してたのが馬鹿馬鹿しくなってきちゃいました」

 戦いの続く前線をボーっと眺めていたエイフェルさんが同意してくれる。

「あははっ、まーバックアップの待機時間なんて、これぐらいのノリでちょうどいいんだよ」

 そう経験者は語ると言わんばかりにミスティスが笑い飛ばす。

 まぁ、今この瞬間もまさに、敵は途切れることなく津波のように押し寄せてきているんだけど……来るのは結局ただただひたすらライダーライダー、乗りこなせなかったのかウルフとゴブリンが単品でいるのも混じってるけど、ウルフとゴブリンに変わりはない。要するに、見てる分にも代わり映えがしなさすぎて本当に暇なんだよねぇ。
 最初の内は斉射のタイミングでは使われていなかった魔法をステラが記録するシステムログもちらほら流れてたから、まだ暇つぶしにもなったけど、もうさすがにそれも弾切れらしい。そりゃそうだよねぇ。こんだけ敵が単調だと、少し慣れればもう後は単純作業だろう。一定のスキル回しをただただ繰り返すだけだ。

 だけど、異変が起きたのは、そんな状況に内心あんまりよくないなぁとわかってはいつつも暇さ加減に耐え切れずに気が抜けてしまっていた矢先のことだった。


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