note.207 SIDE:G
僕がHXTを始める直前だったか直後ぐらいに出た、去年の夏イベのダイジェスト映像を使った予告PV。そこに映るミスティスことチカのゲームプレイを見てこのゲームを始めたというエイフェルさんが、そのPVを可視化したウィンドウに映し出す。僕も見た覚えはあるけど、どんなだったっけな。一緒に見返してみようか。
「夏だ! ゲームだ! ホリクロだ!」というベタベタなキャッチコピーから始まったPVは、最初は特設マップらしいいかにもな南の島みたいな場所で、普通に海水浴やビーチバレーなんかで遊んでたり、バーベキューしてたり、釣りで何やらボスクラスっぽいような大きさの馬鹿でかいタコを釣り上げててんやわんやしてたり、夜には花火も……なんて、これまたベタベタに夏イベをアピールするカットシーンがトロピカルなBGMと随所のナレーションと共に続く。シーンは変わって、どうやら特設ダンジョン的なものもあったようで、謎解きに四苦八苦する人たちとか、ダンジョン内での戦闘シーンなんかが流れて。それに続いて、スタンピードイベントなのか、津波のごとく押し寄せる魔物の群れにプレイヤーたちが挑んでいくシーンに切り替わったところで、
「あっ、ここです、これ!」
エイフェルさんが指差したシーンでは、その大量の魔物たちを相手に、二人のプレイヤーが無双と言っていい大立ち回りの殺陣を繰り広げていた。
その一人は明らかに天地さんだ。黒と赤、二本の剣による二刀流や、時に剣と左腰の大型リボルバーを使った変則的な二刀?流、袖に仕込んだ二丁拳銃と、変幻自在に武器を切り替えながら、まさに鎧袖一触の勢いで敵を蹴散らしていく。
そしてもう一人は、黒髪のストレートロングに鮮やかなスカイブルーの瞳、天地さんと正反対の白を基調とした衣装が印象的な長身の女性。戦闘シーンなだけに動きも速いしアングルも遠くて分かりにくいけど、言われてみればその顔立ちはどこかミスティスに似ているような気もする。その手に握られているのは、彼女の長身と比べても下手したら倍近い大きさがあるんじゃなかろうかという超巨大な純白の大弓だ。その大弓の円弧の外側は全体が刃になっているらしく、弭も槍の穂先のような刃になっていた。その特大の弓を、基本は両剣として使いつつ、時に弭を槍に、時に弭近くを持つことで大太刀のような曲刀として、こちらも千変万化、縦横無尽に魔物の群れの最前線を切り開いていく。
「ここの立ち回りが、さっきの戦闘中のミスティスさんとそっくりで……」
とは、エイフェルさんの言。
確かに、その立ち回りや戦闘スタイルは両剣を使い始めてからのミスティスにそっくりだ。それと、あぁ、なるほど……弭を地面に突き刺して固定しての、脚を使った至近距離からの大弓の射撃に、弦を足場に自分自身を矢として射出する跳躍術……やっぱり、ソフォラさんのアレは師匠である彼女からの直伝だったんだね。うん、僕も確信した、間違いなくこれはミスティスだ。
「それで、次、最後が一番カッコイイんですよ……!」
と、いつになく興奮気味に目をキラキラさせるエイフェルさん。
直後、切り替わった画面では巨大なドラゴン型のラスボスらしき魔物が現れて、プレイヤーたちの前に立ちはだかる。視点が切り替わり、そのボスドラゴンに向かっていくプレイヤーたちを横から捉えた映像の中、ミスティス……チカらしきキャラが頭一つ抜けてその集団の先頭へと躍り出る。その背中には、例の超巨大弓がまるで翼のように、広げた両腕全体で支える形で担がれていた。彼女が後続を引き離して更に加速していくにつれて、視点も彼女一人に焦点を絞ったものになっていき、画面が完全に彼女一人になったところで天高く跳躍。視点も空中の彼女に切り替わる。
ここからこの明らかに大きすぎる弓をどう使うのかと思いきや、伸びをするように腕を真っ直ぐ上に閉じて弓束を掴み直すと、そのまま身体を海老反にして弦に足をかけつつ、後方宙返りに移っていく。身体が半回転して逆立ち状態になったところで、両足で挟み込む形で、矢というよりはもはや杭とか柱と呼んだ方がいいだろう、その大弓に見合ったサイズの巨大な矢が現れて、頭の上で番えられる。そこから宙返りの回転に合わせて全身を限界まで伸ばして、背筋力で目一杯に弓が引かれると、全体にチャージングの魔力の光が灯る。
そこで視点が切り替わり、空中の彼女とボスドラゴンを真横から写したアングルになると、地上の画面端から他のプレイヤーたちも追いついてきたのが映る中、宙返りの回転がボスドラゴンにちょうど合ったその瞬間――発射。放たれた柱矢は一瞬で空中にその二つ名を体現するかのような「白き閃光」を残して、寸分違わずボスドラゴンの脳天にまさに着弾しようかというその瞬間――画面にスローモーションとブラーのエフェクトがかかって、地上から飛びかかる他のプレイヤーたちの姿と共に、矢が当たる寸前のボスドラゴンの頭へとクローズアップ、フラッシュと共にタイトルロゴの見慣れたアニメーションへと切り替わると、「ホーリークロステイル、好評配信中!」というお決まりのナレーションと共に、「夏イベ企画進行中! 詳細は近日公開!」の文字がでかでかとタイトルロゴに重ねられて、動画は終了となった。
なるほど、これは確かにかっこいい……。と同時に、彼女の二つ名である「白き閃光」「アルバトロス」の意味も理解できた。彼女自身の白を基調としたコーディネートに加えて、あの巨大な弓矢による文字通りの「白き閃光」を放つ必殺の一撃。そしてもう一つの「アルバトロス」はあの純白の弓を翼のように背負って飛ぶ姿を大空を渡るアルバトロスの飛翔に例えたんだろう。
「いやぁ〜、こんな事もあったねぇ〜、にはは〜」
いつもの調子で納得したように頷きながらも、少しだけ照れくさそうに笑うミスティス。
「それじゃあ私、あの時一番の憧れの人から弓の手解きをしてもらってたんですね……! 今更ですけど感激です……! 改めて、本当にありがとうございました!」
「あははっ、いいっていいって。あんなの、実際の弓とかな〜んも知らない、ただゲームの中の独学だけのシロート目線でテキトー言っただけなんだから。あの一回だけでちゃんとモノにして使いこなしてるエイフェルがすごいんだよ」
尊敬の眼差しを向けるエイフェルさんに、ミスティスは今度は本当になんでもなさそうに、ひらひらと手を振って返す。
……う、うん、これまでの僕が見てきたあれこれに加えてさっきの映像とか見ちゃうと、あれらが全部独学っていうのが逆にむしろ一番恐ろしい天性の才能としか思えないんだけど……あくまで本人は一般人のつもりらしい……。
「そんなっ、私なんてまだまだで……あの、よければもっとチカさんのお話聞かせてもらってもいいですか? もっといろいろ参考にしたいです!」
「いいよ〜、なんでも聞いちゃって!」
「わぁ……! ありがとうございますっ!」
ミスティスが快諾して、エイフェルさんの顔がパッと明るくなる。
「それじゃあ、あのっ、そもそもどうしてあんなに大きな弓になったんですか?」
「あ〜、いやぁ、まぁ、そこんとこ実は大した理由じゃないんだよね〜。ただただもっと一撃の威力が欲しー!って言い続けてたらあぁなっちゃっただけで。にししっ」
「そ、それはまた……どうしてそこまで威力特化になっちゃったんですか?」
「いや〜、ほら、この動画で見るのとこっちの私と、身長全然違うっしょ? 実はリアルの身長はこっちが正解なんだよねー」
「「「えっ!?」」」
まさかの事実にエイフェルさんたちが揃って驚く。まぁ、そりゃそうだよねぇ。やっぱりみんな驚くよ。
「まー見栄張って身長伸ばしちゃっただけなんだけどね、えへへ。そのせいで、最初の頃は身体の感覚のズレが酷くてさー。それで、あんまり素早く細かい操作ができなかったから、できるだけ少ない射撃で倒したい!ってなってってー、したらあとは身体もそれで慣れちゃったし、やってる分にも楽しかったからね〜。動けるようになってからもそのまんま突っ走ったって感じ」
あー、回避主体かつ攻撃は火力偏重のピーキーなスタイルはそれが理由だったんだ……。
「な、なるほど……。あんなおっきな弓、私にも使えますかね……?」
「あ〜……それはどーだろ? ごめんけど、私の真似しすぎるのは正直あんまオススメしないかなー。自分よりおっきい弓ってその分張力もすんごいから、フツーに引くだけでも結構一苦労になっちゃうんだよねー。一回だけ他人に私のスタイル教えてあげたことあるけど、その子も使いこなせるまで本当にただフツーに弓引くだけでもめちゃくちゃ苦労してたからね〜」
「う……やっぱりそう簡単じゃないですか……」
返答を聞いて、エイフェルさんが肩を落とす。
一回だけっていうのは多分ソフォラさんのことなんだろうけど、まぁ、あんな破天荒すぎる戦い方、どう見てもそうそう一筋縄で真似できるような代物じゃないのは容易に想像がつくよね。
「それに、私の戦い方だと人と連携するにはあんまり向かなくなっちゃうんだよね〜。エイフェルはエイフェルの、三人でやれる戦い方をキチンと見つけていった方がいんじゃないかな」
「あぅ……そ、それは確かに困ります……。そうですか……」
「まどーしてもって言うんなら、まずはフツーに強い弓をフツーに引けるようになるところからかなー。私のあの弓ってドローウェイト250kgぐらいあるんだよ。やー、Lv上限がなくて無限にステータス上げてけるこのゲームだからこそだよね〜、にししっ」
「に、250kgですか!? それってステータスほとんどDex極振りにしないといけないですよね!?」
「そだね〜。アレはただ見栄えでやってるんじゃなくて、全身使わないとそもそも引けないんだよ。私は単純にLvの暴力で他のステータスもちゃんと戦える分振れてるけど、最初はホントにDex極振りすぎて、感覚のズレも含めて敵が近づくまでに殺るか殺られるか、雑魚相手でも生きるか死ぬか!って感じだったね!」
「な、なるほど……さすがに私たちの今のスタイルで私だけそこまで振っ切るのは難しいですね……。連携するのに向かないっていうのも納得です」
「でしょ〜? ま、憧れてくれるのは嬉しいけど、無理して真似るもんでもないよ〜ってこと。大体、私に限った話じゃないけど、このゲームでトッププレイヤーなんて言われるぐらいやり込んでるような人って大体頭のネジどっかしら飛んでるからね〜。見た目の派手さとかだけで釣られるとロクなことにならないのがオチだよー、にひひ」
そう笑って流すミスティス。
う、うん、一応、自分の頭のネジが飛んでる自覚はあったんだ……? ……なんて思わず考えていた僕の微妙な表情は、果たして気付かれなかったのか単にスルーされたのか……。
ともあれ、そんな話も聞きつつのお昼ご飯タイムも終えて、ゆったりお腹も落ち着かせて、十分に休息が取れたところで、気付け1時間も経過。
「規定時間の経過を確認。戦列の交代を始めます」
ジャスミンさんからのアナウンスで、次の僕たちの出番が始まる。
さぁ、ここからまた2時間、まずはバックアップ班として後列で待機からだね。